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オトブンガク

オトのあるところの本好きの集まり

エビサンドに乗って…なにすんの? 『誰も知らない世界のことわざ』

西荻窪のほびっと村にある「ナワ プラサード」にて購入。

この『誰も知らない世界のことわざ』(エラ・フランシス・サンダース著・前田まゆみ訳・創元社刊)は、世界中の奇想天外なことわざを一堂に会した絵本である。

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「ことわざ」は昔から伝わる訓戒や風刺のことをいうが、その多くは比喩的な表現が用いられる。

「同じ釜の飯を食う」
同じ釜で炊かれた飯を食った仲間のように、ともに苦労を共有した親しい関係であるということを意味する。

「鬼の目にも涙」
鬼のように冷酷非情な人物も、感情が高ぶり目に涙を浮かべることもあるということを意味する。

「弘法にも筆の誤り」
弘法大使のような書の名人であってもミスをするということから、どんな名人であっても誤りはあるということを意味する。

日本に伝わることわざは、知っているものも知らないものもあれど、文脈から多少なりとも意味を推察できる部分があるが、他言語だとそう簡単にはいかない。意味が分からないシュールレアリスムである。

「エビサンドにのってすべっていく」を理解できるか

そんな謎に満ちた世界のことわざを『誰も知らない世界のことわざ』は教えてくれるのである。

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これはスウェーデン語のことわざ「エビサンドにのってすべっていく。」(glida in pa en rakmarka)を説明したページである。

エビサンドに乗って滑る? 何を言っているんだ? エビサンドは乗り物じゃないよ? 食べ物だよ? そして滑っている間にパンは削られ、エビは道にてんてんと転がっていくだろう。

この「エビサンド」はどうやら特権階級を示す言葉であるようだ。ようは、代々受け継がれてきた富(エビサンド)の上で苦労せずに過ごしているという意味であり、その富にあまり相応しいものでないという皮肉が込められていることわざである。日本ならば二世のボンボンへ向けられるような言葉だ。なるほど。奥深いようなそうでもないような。

エビサンドがなぜ富を示すのかは知らない。知るわけないじゃないか。ただ、スウェーデン人はエビをよく食べるということは知っておきたい知識の一つだ。

読めば読むほど深まる世界のことわざの謎

そのほかにも世界にはこんなことわざがある。

「ロバにスポンジケーキ
(Alimentar um burro a pao de lo)/ポルトガル語

「何を言っているんだ」という印象を受けるが、これを日本語になおすなら「豚に真珠」となる。確かにロバにスポンジケーキを差し出しても、その価値を分かってはくれない。

「泳ぎながら水を飲む」
(SAMIL BERENANG, MINUM AIR)/インドネシア語

そりゃ泳いでいれば水は飲めるだろう。これは「同時にたくさんのことができる」という意味である。

「海の水は、ただながめるためだけのもの」
(MAJI YA BAHARI NI WKA AJILI YA KUTAZAMA)/スワヒリ語

長い旅が終わり、辿り着いた海。でもその水はのどの渇きを潤してはくれないという意味である。また、同時に海の水は裕福な人たちの富を示しているといい、貧しい人たちを助けるためのものではないというニュアンスが込められている。

こうした奇妙な比喩が並ぶ他国のことわざであるが、意味を知ってしまえば「なるほど」と感じられるものが多い。それは万人が共通して持ち得ている感覚が礎となって使われているからだろう。

ちなみにこの本に載っている私の好きなことわざは「私にむかって、ヤカンをたたかないで!」である。ヤカンたたかれるの、嫌だよう…。

(評・底森グルテン

誰も知らない世界のことわざ

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