少女、宇宙、そして生と死について。
イギリスがEUからの離脱を決め、アメリカではドナルド・トランプが大統領選に勝利した。世界が大きな変革に向けて歩み始めた「2016年」において、日本の文学の世界で際立っていたのは「最果タヒ」だった。
詩とか、小説とか、散文とか、そういったカテゴライズは、彼女の前では無意味に等しい。
小説を読んでいても、どこか詩のようでいて、散文のようでもある。
散文のようで、小説のようにも思えるし、そして詩のようでもある。
詩は、散文のようでもあり、小説みたいに思えるときもある。
ただ、間違いなく存在するのは言葉の洪水だ。
宇宙の法則に従いながら、流れてゆく言葉の洪水。
リズミカルでありながら、粒子のように縦横無尽に飛び回る。言葉同士がぶつかって、核融合を起こすのではないかと怖くなるときもある。平易な言葉なのに、なぜかとてもスリリング。若者言葉も、昔々の固有名詞も、ごちゃ混ぜになった日常生活の宇宙が広がる。それが最果タヒの世界である。
少女の生を肯定する『少女ABCDEFGHIJKLMN』
最果タヒの『少女ABCDEFGHIJKLMN』(河出書房新社、2016)は、4作の短編小説を収録した単行本である。
この本の主題として強い匂いを感じるのが、少女たちの「生」と「死」だ。生臭いほどまでに若々しい「生」と、思春期特有の影を落とす「死」。自分たちの見る世界が全てだった年齢を過ぎ、あらゆる疑問がむき出しになるあの時代の。
私はこの感情を端的に示す言葉を知っている。
「やばい」
「きみは透明性」(2015年)
非常に短い小説で、12ページしかない。
「いいね」に代わって、ネットワークでキスマークを送るのがトレンドになった時代の、少女の淡い感情を描いている。
タイトルといい、終盤の文体といい、どこか歌詞的なのが特徴だ。
これが、恋なら、いやだね。(17ページより)
主人公の少女は、焦がれる気持ちに対して否定をする。
好きな相手と心が通じ合わないと初めて知った時の絶望感を、あなたは覚えていますか?
「わたしたちは永遠の裸」(2015年)
4つの作品の中では最も新しく、そして最も長い小説である。
お嬢様たちが通う女学院の生徒である主人公は、学校の中で同じ都市伝説を信じている少女と出会う。
その都市伝説とは、「人間を殺すと、その人を身ごもる」。
生徒会長の妊娠宣言から始まった物語は、かつて生徒会内部で起きたとある事件と、主人公と少女たちが信じる都市伝説が絡み合い、リアルとファンタジーの境目を辿ってゆく。
主人公の淡い恋と彼女の好きな男の子への殺意の描写は、作品の際立った純粋さを印象付けていて、クラクラする。
「……産みたい?」
「そう。産みたいから、殺すしかなくて。でも、殺したのに、妊娠できなかったら悲しいし、悔しいじゃないですか。だからちゃんと確かめておきたいんです」
(53ページより)
「宇宙以前」(2011年)
この中でも最も昔に書かれた小説で、他の作品とは違ってSF色が強く出ている。これは、掲載書籍が『NOVA』だったことにもよるだろう。
天文の知識が国家の統制によって喪失された国の中で、なぜかプラネタリウムを知っていた記憶喪失の青年と、子どもの頃に突然いなくなってしまった兄から天文の知識を教えてもらっていた王女の物語である。
この主人公たちが一体何者なのかについては物語の中盤で分かるようになる。ただ、最初はあくまでも今の私たちが持ち得ている感覚で読み進めていくといいだろう。その国では天文学が規制されてしまったのか、そして「空が閉じている」という言葉の意味を、驚きを持って受け止められるはずだ。
「きみ、孤独は孤独は孤独」(2014年)
最後を飾るこの短編もSF的な要素が強い作品である。
快感を司る脳の部位を破壊された少女は、「愛は自然発生するか」を調べる実験場に連れて行かれる。そこは端から見ればただの学校で、男の子が存在していた。
黙々とアンドロイドを造る少女、そんな少女を軽蔑する幼馴染みのあさみ、自殺者が出てはその目撃者が追放される学校、自殺の瞬間を目撃したのに学校から追い出されない先輩・七億さん。
「好き」という感情は私たちが思っている以上に歪んでいる。真っ直ぐ伸びてゆくものではなく、簡単に折り曲がり、途中で分散し、その先端は薄れている。そのあらゆる屈折が、この物語の言葉に詰まっているのだ。
「あの、死んで、どう思いました?」
「やっと死んだ、と思った」
七億さんの言葉をわたしは詩的だと思った。少し表現はひねくれているけれど、かのじょの心の荒波が、みえているようで。
(192ページより)
『少女ABCDEFGHIJKLMN』に出てくる少女たちは輝かしいほどに「生」のエネルギーにあふれている。愛情の突き進む方向が幸せでも不幸でも、それはただ輝き、満ち溢れている。「あとがき」の最果タヒの言葉は、少女たちそのものへの肯定から始まる。
幸せになるために生まれてきたとか言われるから、きっと不幸になるのだろう。不幸でもいいから好きだと言える、その瞬間があるならそれを、ちゃんと肯定していたい。
(220ページ)
ああ、強い。これが彼女の言葉の強さである。
この言葉の刺激は
「やばい」
(評:底森グルテン)
- 作者: 最果タヒ
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2016/07/06
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