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オトブンガク

オトのあるところの本好きの集まり

『楽しい夜』とボブ・ディランと

書評 執筆:ムーンファング 海外の作品

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 人は本を読み、引用を繰り返し、
 結論を壁に書きつける
  — Bob Dylan / Love Minus Zero, No Limit(1965)より


2016年10月13日から28日にかけての2週間、ボブ・ディランノーベル文学賞の決定に対してずっと沈黙を貫いていたとき、私が思い出したのは、「ノース・オブ」という短編小説のことだ。

この小説には、ボブ・ディランが登場する。
目立った役回りではない。あのディランが、なんと普通の女の子の里帰りに同行する役で出てくる。どういうことだ? この小説は、冒頭からいきなりこんな風に始まる。

「アメリカの国旗が、学校の窓に、車に、家々のポーチのスイングチェアにある。その年の感謝祭、わたしは実家にボブ・ディランを連れて帰る。」(9p)

あたり前のように、あの「ボブ・ディラン」がいる。女の子の実家に付き添い、女の子の母親に挨拶し、女の子の兄に「マジかよ。すげえや」と驚かれる。そりゃ驚くよ。しかし、このボブ・ディランは喋らない。歌も歌わない。サヤインゲンを包丁で切ったり、タバコの煙を吹いたり、商店で駄菓子を探したり、七面鳥を食べたりする。けれども一言も喋らない。そんなボブ・ディランは、それでもやはり、女の子の家族を少しばかり変えてしまう。

この変わった小説の作者は、マリー=ヘレン・ベルティーノ。本作は、『楽しい夜』(講談社、2016)と題された海外小説の短編集に収められている。編訳は岸本佐知子氏だ。

海外小説の新刊は久しく買ってなかったけど、この本は書店で手にとって、すぐに買ってしまった。まず何よりも装丁が素敵だ。名久井直子氏による装丁。ペンギン・カフェ・オーケストラの1stアルバムや2ndアルバムのジャケットに通じるような、クールな佇まいがある。それで本を開いたら、1行目からボブ・ディランだ。これにはやられた。同じ理由で買った人も多いんじゃないだろうか。素敵な装丁と、素敵な一文があれば買ってしまうのだ。今年はこの本に出会えてよかったと思う。

『楽しい夜』にはいろんな作家の、いろんなテイストの小説が入っている。飛行機で隣り合った有名俳優から脇の下の臭いを嗅がれて、さらに電話番号を渡される女性の話? 自分の骨のなかにアリの巣を飼うことにした女の話?? 一言でまとめるのはとうてい不可能だ。でもあえて割り切って、乱暴に言ってしまおう。

まず、「奇妙な味」というキャッチコピーが頭に浮かんだ。これは今から50年以上前に、ロアルド・ダールらの小説が日本に紹介されたときにつけられたコピーだ。もともとは江戸川乱歩が造ったフレーズらしい。さらには、「異色作家短編集」という単語も頭にうかんで離れない。これは早川書房が1960年代に出した翻訳小説のシリーズ名で、ジャック・フィニイやチャールズ・ボーモント、シオドア・スタージョンらの作品が精力的に翻訳された。さらには、一言で「奇想」と呼びたくなるような短編もある。

そう、この『楽しい夜』は、「奇」とか「異」とかいう文字が、なんだかしっくりくる短編集なのだ。

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しかし、奇妙な味とは何だろうか。
異色とは何だろうか。
そもそも小説とは何だろうか。

もしも、読む前と読んだ後で、その人の価値や、生き方、体の感覚をガラッと変えてしまう小説があれば、とても愉快で楽しい。そんな本にたくさん出会えればいい。
そういえば小説家の高橋源一郎氏は、ある対談でこんなことを言っていた。

「とにかく、自分が書いていく言葉によって、自分自身が作り変えられていく。それがほんとうにおもしろくて、小説を書くというのはこういうことなのかと思ったんですよね。それは書き手の側だけど、読者にとってもそういう部分がなければ、つまり、その作品のなかに入って更新される部分がないと、おもしろくないと思うんですね。」
 ー 『現代詩手帖特集版 高橋源一郎』82pより


高橋氏も言うように、そんな素敵な「作り変え」は、書き手だけじゃなく、読み手にも起こっていいことだ。私は『楽しい夜』に収められたいくつかの短編を読んで、自分の頭の中が変わっていくような実感があった。読む前と読んだ後で、自分は確実に別の人間になっているように思えた。

とくに、ラストにそっと置かれた、ラモーナ・オースベルの「安全航海」。この小説を読んだあとには、何かを失って、かわりに何かを得たような、なんとも言いようのない哀しさと、悦びがせり上がってくる。こんな話だ。ある朝、老婆が目覚めたら、見知らぬ船に乗っていて、まわりも老人ばかり。やがてその船が死出の旅に出る船だと知って・・・。この小説は何だろう。読んだあとに、ふっと小さく息をついて、本から顔を上げるときのこの感覚はいったい何なのだろう。私は何を失って、何を得たのだろうか。

宙ぶらりんの感覚のなかで、最後にもう一度ディランを引用しよう。彼は、1965年の「Mr.Tambouline Man」の中でこんなふうに歌っていた。

「君のめくるめく船で、旅に連れていっておくれよ」

この『楽しい夜』という素敵で奇妙な本を手にとったみなさんの旅が、言いようもないほど哀しく、また悦ばしいものになることを願う。

(執筆:ムーンファング)

楽しい夜

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